アートディレクターが語るプロダクトデザインの世界
今年は早かった桜の開花ですが、満開の2013年3月28日、竹橋のマイナビセミナールームで行われたCreative Nowクリエイターセミナー「アートディレクターが語るプロダクトデザインの世界」~Shade13がデザインに果たす役割とは~の内容をお伝えします。
今回の講師は、アートディレクターであり、パッケージデザイナーとして世界で活躍されている東海林小百合氏です。
Profile
東海林小百合 アートディレクター/パッケージデザイナー。米国のSchool of Visual Arts (New York)卒業後、石岡瑛子氏に師事。カルバンクラインNY本社宣伝部にてデザインの経験を積み、1998年ニューヨークにてSayuri Studio, Inc.を設立。現在は東京をベースに、 国内外の主に女性向けの商品デザインを手がけています。I.D. Magazine/ Design distinctive, Graphics Design年鑑では、巻頭インタビューに選出されるなど、デザイナーとして海外で高く評価され、またFIFIベストパッケージング・ノミネーション、CFDA(アメリカファッション協会)MostStylish.com グランプリなど、様々な賞を受賞しています。
東海林氏のインタビュー記事はこちら |
セミナー司会&インタビュー:株式会社マイナビ 国領 雄二郎氏
Q:大学卒業してすぐに米国でグラフィックデザイナーとして活動されたんですか?そのデザイナーとしての素養はどのようにして築かれたのでしょう。バックグラウンドなどをお聞かせください。
武蔵野美術短期大学のグラフィックデザイン科を卒業したので、きちんとしたした美術の教育を受けたのは18くらいからになりますね。もちろん小さな時から絵を描くことが好きでしたけれど...。
今となっては貴重な体験ですが、卒業後にOLを1年半経験した後に渡米しました。
Q:米国を選ばれた理由は?
現在の状況とはまた違ったかたちで、当時は四大卒と短大卒ではデザイン専門職の門戸に隔たりがある風潮だったんです。それで美術系の短大は出たもののOLとして就職し、自分なりに「やりたい事が違う」と危機感を持ちまして。自分の実力のなさを棚上げして「違う場所に行けば...」と、気軽に留学をしましたが、おかげで渡米をしてから大変な思いをしました。今から考えれば当たり前ですが、ニューヨークはそんなに甘くはなかった。英語も苦手でまったく話せないのに、「なんとかなるかあ」って(笑)。怖いもの知らずだったんですね。
とにかく「四年制の大学を出てみよう」と思い、School of Visual Artに入学はしたものの、
Q:石岡瑛子さんとの出会いは、どのようなきっかけだったんですか?
経験もない当時の私に出来る事といえば、とにかく一生懸命にデザインに取り組む事だけ。学生ビサも切れかかり「もうダメか」と思った時に、元上司の紹介で石岡瑛子さんのご友人のデザイン事務所で雇用していただく幸運に恵まれました。そこでの私の働きぶりから、ガッツがあると言うことで「瑛子に会ってみる?」と言われたんですね。
Q:ガッツがあるから?
そうだったと思うし、瑛子さんご自身も本当に一生懸命な方で、またそういった人が好きな方でした。今でもそうですが、この仕事は情熱が無くなったらやって行けないと思うんです。全ては興味から始まるし、パッションがあるチームやクライアントとの物作りこそが醍醐味。そういった現場でベストを尽くしても、なにか突き抜けた、メッセージ性のあるクリエイティブを世に生み出すのは本当に難しいことですから。
Q:では、東海林さんの仕事を見ながらお話を進めましょうか。
スライドにしていますが、数があるので全部は紹介できないかも知れませんが...。これは去年に世界発売された、ドット・マークジェイコブズの香水のボトルデザイン、蝶々のアイコン、パッケージを手掛けました。
こちらは、デイジーの香水の限定バーションのコンセプト(試作)デザインです。これもShadeでレンダリンクしています。(と言われた後、ここからはおびただしい数のプロジェクトのエスキースCGが登場しました)
これはCKカルバン・クラインのメイクアップ容器用プレゼンテーションです。最終の2社まで残り、結果負けましたが(笑)。ニューヨーク、ヨーロッパの有名デザイナーが集る世界コンペの場合、10数回挑戦して、ひとつ、ふたつでも採用になるかの非常に厳しい戦いです。 西洋っぽいとか、いかにも日本らしいとかではなく、落ちた時にでも何かレボリューショナルなイメージを残せるかどうかが次に繋がるんですね。もちろん落選が続けば果てしなく落ち込んで(笑)、でも何かしら自分がそのコンペから学べたり、プロジェクトの課題に真摯に応えつつ、かつ新鮮な提案を出来ればデザイナーとしては成長、進化していけるのではないかと。この時のオーダーは容器パッケージのプレゼン依頼でしたが、この案は商品コンセプトにも踏み込んで提案をしたものです。
この時提案したのは、ファッションや外装だけではなく「本当の意味のシンプリシティとは何か」と考えて提出した、必要最小限の資源を使用した容器案です。色々と意見はあったようですが、最後までコンペに残ったという事は、何かクライアントの意識を喚起し、能動的なブランドのアティテュード(姿勢)、新鮮さを与えることができたからではないでしょうか。
こちらは少し前の作品になりますが、SPLASHのボディローション、エスティーローダー社のORIGINS ホワイトニング容器、パトリシア・ワクスラー(NYのセレブ皮膚科医)のスキンケアプロダクト、香水ボトルの中にカラーオイルが浮かぶH2O香水ボトル、SWATCHの目覚まし時計... イッセイ・ミヤケのプリーツプリーズの立ち上げウエブサイト(CFDA :アメリカファッション協会のモスト・スタイリッシュ・ドットコム大賞受賞)デザインです。
Q:ここまではプロダクトデザインが多いですが、アートディレクション(以下略:AD)もされるんですか?
米国のビジネスパートナーがパッケージ専門のせいもあり、現在は成型を含むデザインの割合が多くなりましたが、私のベースでもあるグラフィック/ADの仕事も平行して手掛けています。
Q:どちらがお好きとかあるんですか?
パッケージはコツコツ、根気と忍耐がいるんですよね(笑)。ADはコンセプトワークとキャスティングをして、Outputはカメラマンなど他の方の才能とのコラボレーションなので、チームワークの醍醐味を味わうといいますか。対してパッケージやプロダクトは小さな、そして奥深い小宇宙を創造する仕事。どちらも世界観とかストーリーを紡ぐと言う意味では一緒ですが、両方手掛けているほうが自分的にはバランスがいい。
Q:仕事の上で、アメリカと日本の違いを感じることはありますか?
クライアントの基本的な部分は変わらないと思います。アメリカのコンペティティブなクライアントだと熾烈さが違ったりはしますけど。敢えて言えば、海外のクライアントは人と違うことに意義を感じ、ブランドの価値を守り抜くということに於いて非常に強い意思をもっているので、オリエンテーションの内容や進め方は日本と違うところもあります。日本は丁寧さや細部のディテール、ロイヤリティーは素晴らしいですし、また直球のアメリカの方は気が合うと言うか、海外でトレーニングされた私には合っていると思います。プレゼンの資料等も全部英語で制作するのですが、スタッフは英語が出来なくても、何回かプロジェクトを経験すれば英語の専門用語は頭に入ってきています。
Q:では日本でのお仕事も見せてください。
主に2007年以前(2008~2011年まで映画製作でNYにいたため)の仕事になりますが、やはり化粧品が多いですね。
こちらはフィーノのヘアパック。発売以来、最近も@COSMEベストコスメ大賞に殿堂入りしているようです。結果論ですが1000の新商品のうち3つしか残らないと言われる業界で、売れ続けているのが嬉しいですね。パッケージも当時は珍しかったジャー全面銀蒸着の仕様ですが、お客様に愛されている理由は、クライアントさんが作った製品(中身)が本当に良いから、というのが大きいと思います。
これは資生堂のUS向けに作られたアロマセラピープロダクト「5S」。ロゴタイプ、パッケージグラフィックを主に手掛けました。色と香りを五感(5 Senses)で感じ、ボディを心と体から健やかに美しくするコンセプト。今のようにアロマがブームになる前です。
ドラックストアやコンビニが主力の商品は、マジックミラー越しの消費者テストや定量調査を繰り返されて、ようやく世に出ていくんです。生茶は当時、総計で1,000案ぐらいデザインを作ったでしょうか?テストで消費者の「まずそう」などの厳しい意見を反映しながら(笑)修正/改善を繰り返し、繰り返し。でもキリンビバレッジの皆さんは本当にご自分達の商品を愛していて、ご一緒できたのは本当に楽しく貴重な体験でした。
Q:国内でもコンペなんですか?それとも指名で仕事が来るんでしょうか。
代理店さんを通した仕事が少なく、クライアント直の仕事が多いので、国内は指名がコンペより多めですね。海外も含め、競プレは良い緊張感とともに成長できる場合は良いのですが、政治的に複雑すぎるコンペなどはやはり精神的にもかなり消耗しますので(笑)、指名をいただき、まかせていただくプロジェクトにきちんと最大のエネルギーが出せるように、コンペ内容の検討やスケジュール調整はかかせません。
Q:女性向けの商品が多いんですか?
現在はビューティーの容器やビジュアルのプロジェクトが多いですが、将来はブランド作りに携わってみたいです。化粧品だけではなく、生活で愛されるライフストーリーやデザインを手掛けてみたいんです。シンプル/癒しなど、何々系~とかにカテゴライズされない、日常にある感情豊かなデザイン、息が長いデザイン、そして記憶に残るデザインを手掛けられたら嬉しい。
10年以上使われているこのフェリシモのシッピングカートンのデザインもそんな一つです。
ヒアリングでは、お客様が主婦の方や、箱が綺麗だから再利用している例が多かったんです。またダンボールのライナーロール紙を印刷するには、直径約2mの製造コストが非常に高い金属シリンダーを作り、輪転機でグラビア印刷します。高価なシリンダー版を変えずにインクだけ変えれば、低コストで様々な色が再現できるよう基本のデザインを設計しました。お客様に毎月同じ色の箱が届かないように、シーズンで色を変えたりして変化をつけれるようになっています。
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Cartier Japanのプロモーション・デザイン/アートディレクションも手掛けていますが、デジタルの時代だからこそ、PDFでは再現できないような紙の風合いを贅沢に、エンボスや箔押しなどを使って、印刷/加工職人さんとともに丁寧に作っています。
日本で制作したデザイン、ディレクションをした写真のいくつかは、日本国内だけでなくフランスや中国の店舗でも採用されました。
生前の植村秀先生によるshu uemura makeup collectionの広告アートディレクションも手掛けさせていただきましが、とても素敵な紳士でした。先生のメイクアップはピュア、かつ驚きに満ちていて、撮影スタッフ全員が「わ~、すごい!」っと騒然となったくらい、すごくソウルフルなメイクでした。
ご一緒して、「先生の守・破・離の姿勢は表面的な奇抜さや、媚びたメイクアップとは本質的にまったく違う。説明的ではなく、女性を既存の美から解放している。ビューティーとは決して表層的なものではないんだ。」と感銘を受けたのを覚えています。
このFiligreeの広告は、Yahooのアンケートで年間ベストビジュアルに選ばれました。女優さんなどをイメージガールにしたコマーシャルが席巻する中、普段リアリスティックなお化粧をしている女性も、植村先生のスピリットを感じ、そのソウルに触れたのではないでしょうか? |
Q:今迄数々の作品を見てきましたが、今回ワークフローも公開していただけると聞いて驚いているんですが...。
デザインの仕事を一時休止し、映画製作を勉強して、さぁこれから人生どうしよう(笑)という時にこのマークジェイコブス香水の競合プレの仕事が来たんです。そう考えると、私の初めてアメリカに留学した時の無鉄砲さはあまり変わっていませんね。ただ、脚本やストーリー作りに取り組んだ事は、このプロジェクトにもかなり影響を与えていると思います。
◆オリエンテーション
マークさんのモットーは、独自でユニークな世界、本当の意味での幸せ。ブランドのコンセプトは、若々しい、シリアスすぎない、ノスタルジックでユーモアがあって楽しい、カラフル、品質が高いというのが基調にあります。先方からのリクエストは既に使用した「花のモチーフは使用しない」「見た事がない香水」という事のみで、テーマは自由、ドットという香水の名前も何も決まっていませんでした。
◆1ST PRE
Q:たくさんのラフ画が登場しましたが、どれくらいの期間をかけて作られるんですか?
オリエンから最初のプレゼンまでは3週間くらい?それこそ出掛ける時もスケッチブックを持ち歩き、アイデアを描いたわけですが、最終的にはShadeで作ってそれをプレゼンました。耳を押すと香水が出るだとかトリネコさん、てんとう虫をマグネットにしていろんな所にくっつけたりとなど、敢えて綺麗に作るとかビューティーに捉われないで、自由に考えました。そのうち、個人的なノスタルジアの思い出がデザインにリンクしてきて。少女時代、よく遊んだ大好きでグラフィカルなバグ、てんとう虫をモチーフにしたらどうかと。スケッチのあと、実際のプレゼンテーションはShadeでレンダリングしています。
◆2ND~3RD PRE
揺れる香水瓶と言うのがやりたくて、このようなバルブが大きなロッキングするボトルも考えたんですけどね。最後にてんとう虫+蝶々と言うコンセプトが残りました。
Q:リクエストと言うのは何回くらい出るもんなんですか?
クライアントにより違うんですけども。1つに絞り込んだと思ったら、またそこから広がったり....。
ただどのプロジェクトも、提案から決定案までたどり着くには相当な回数の修正/改良を重ねます。
◆DESIGN SELECTION
匿名の状態にした競プレの50案(各社の案を混ぜた)の中から、マーク・ジェイコブズ氏本人がデザイン案を選びました。デザインの方向が決まった後でも、そこから様々な組み合わせをトライし、また何十案にも広げ、絞り、またバリエーションを広げて。実は当時、仕事に復帰したばかりでスタッフがいなかったんですよ。一部のレンダリングやCADデータ制作以外のほとんどの作業を一人でしていた為、あまりの濃密度に自然にダイエットできましたが(笑)、マークさんとのスケッチのやりとりはとてもクリエイティブで楽しかったです。Shadeが登場するのはここ迄で、その後はCADの設計に移りました。Solid WorksのIGESで書き出して、アクリルのモデルを作った後にも、何度もパターン出しをし、調整を繰り返してデザインをブラッシュアップしていったのです。
◆FINAL PRODUCT
それと並行して箱のデザインなどを行い、50mlをベースに100mlと30mlのバリエーションを足して発表されたのが、今ここに飾ってある製品です。最初のプレゼンから2年、長い道のりでしたが、やっと商品が世界中の女の子に届けられて本当に嬉しいです。
Q:ラフは昔は手描きで描かれていたと思うんですが、Shadeを使って、何か変わった部分と言うのはありますか?
今も最初のスケッチは手描きですが、海外のコマーシャル・プロダクト提案に於いては、もう手描きオンリーや2Dソフトでの立体デザインのプレゼンは出来なくなりつつあります。リアリティーが違いますし、コンペティターも揃ってフルCGでデザインを出して来ますので、特に日本、遠方にいる私はプレゼンで見劣りするようでは勝負になりません。アイデアを思考中のプレゼン時は特に、ShadeはCADソフトのように何Rから何Rへ繋ぐとかの理屈ではなく、もっと直感的に、手描きに近い感覚でデザインを描けて、レンダリングもキレイに素早く出来るのが私のようなデザイナーにとっては嬉しい。また、2Dでやっていて、この形状で大丈夫と思っていたものが、3Dにしたら辻褄が合わないということが制作中にある程度分かる、ということもあります。私もShadeの表面材質集を購入して、自分なりにモディファイしてMy surface collectionを作って活用しています。資料や素材集が多いと言うのも助かりますね。
Q:デジタルだから、複製が利いて、何通りもバリエーションが作れると言うか、使い回しができると言うのもありませんか?
色や形状のバリエーション展開を見せる時は、デジタルの能力は重宝しています。ただしデザインのリサイクルは... ん~アイデアの原型として、何かのインスピレーション、または進化形で活用できる事はありますが。。基本的にボツ案を後生大事にタンスの中に仕舞い込んでも、クリエイティブなことにはならないし、デザイナーもアスリートと一緒で、アイデアや労力の出し惜しみをすると能力が低下していくので(笑)、ここぞ、という時は真っ白なベースに戻り、前回学んだ事を生かしながらも、毎回全速力でダッシュしたほうがフレッシュでいられると思います。
お仕事の詳しい内容を含めてお話いただき、今日ご来場になられた方にも大変興味深い内容だったと思います。長時間ありがとうございました。
この後、質問タイム、抽選会と、15分程度のShade13の新機能紹介でセミナーは終了しました。
アンケートの結果も、以前に増して好評で、軽妙で気取らない東海林氏の語り口で、2時間半があっと言う間の楽しいセミナーでした。この雰囲気は文章では伝わらないかも知れません。是非、次回は読者の皆さんもご参加ください。
Shade 3Dについてご興味がある方は、無料体験版を用意していますのでぜひご利用下さい。